2017年1月9日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第一話 運命の子(前編)

第一話 運命の子(前編)

年末も押し迫ったある夜、大阪のある産婦人医院で男の子が産まれた。
元気に泣く男の子を、産婦人科医は暖かい目で見た。
「元気な男の子ですわ」、産婦人科医は母親に男の子を見せた。
産婦人科医は我が子を見る母親の表情に驚きを隠せなかった。

我が子を見る母親の顔は悲しみに満ちていた。
今、初めて出会えたというのに、まるで今から別れるかのような顔。
今まで何人もの子どもを取り上げてきたが、こんな顔は見たことがない。
いったい何があったんや、男性の産婦人科医は思った。

同じ頃、大阪某所。
待望の男の子が産まれたとの連絡が入った。
「間違いないんか、確かに男の子なんやな」、電話口で当主らしき男が確認する。
「ええ間違いおまへん、ちゃんとついてましたよってに」、電話の向こうで女が笑う。

電話を終えた男は、その場にいた親戚たちにいった。
「ついに待望の男子が産まれよった。
我が一族にとっての悲願が叶った日や。
これは始まりにすぎへん、ええか、来るべき日に向けて皆でフォローしたってや」

母親と男の子が退院する日。
母親が入院している部屋に、2人の若い男女がやってきた。
「姐さん、この度はお役目ごくろうはんでした」、スタジャン姿の男がいう。
「こんなハンサムな子、見たことあらへんわ」、母親に抱かれた男の子を見て女がいう。

「さて、そろそろ行きまひょか」、母親の荷物を持ったスタジャン姿の男が部屋を出る。
産婦人医院の玄関にはタクシーが停まっていた。
スタジャン姿の男は、タクシーのトランクに母親の荷物を入れると助手席に座った。
後部座席には男の子を抱いた母親と若い茶髪の女が座る。

スタジャン姿の男が運転手に行き先を告げ、タクシーは走り出した。
「ほんまハンサムな子や、将来、女の子泣かす子やな」、若い茶髪の女がいう。
「ほ、本当に私が育てることはできないんですか」、母親がいう。
車内が静まり返った。

「姐さん、前から決まってたことや」、助手席からスタジャン姿の男がいった。
「あんた、冷たいこというたりいな、姐さんの気持ちも考えや。
姐さん、いつでもこの子に会いに来たらええ、でも決して話しかけたらあかんで」
若い茶髪の女がいい、再び車内は静まり返った。