2017年1月16日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第八話 出生の秘密(後編)

第八話 出生の秘密(後編)

「何で、奥さんじゃない人が母親なんや」、淀屋が聞く。
「君の先祖、淀屋初代本家は幕府に目をつけられ、全財産を没収された豪商だ。
その後、淀屋二代目本家が朝廷側につき、幕府打倒の後方支援をした。
やがて、大政奉還されると、淀屋二代目本家は全財産を朝廷に献上した。

そして、淀屋の一族は歴史の表舞台から姿を消した。
だが、淀屋の一族は、今も全国に生き続けている。
親族が多くなるにつれ、一族の中で権力闘争が起こるようになった。
12代目当主は、一族のそうした争いに危機感を持っていた。

初代本家以外の誰にも知られないところに、直系の子孫を残すことにした。
淀屋一族の当主になるには、あらゆる面で人より優れていなくてはならない。
やがて最適な遺伝子を持つ1人の女性が選ばれた、それが君の母親だ」
実王寺はそこまでいうと、椅子の肘掛にひじをついた手をあごの下で組んだ。

「ほな、これから本当の親と暮らせるんか」、淀屋が聞く。
実王寺はしばらく無言だった。
やがて、椅子から立ち上がると、淀屋に背中を向けた。
おもむろに実王寺が語りだした。

「君は本当の親と暮らすことはできない。
君の父親である12代目当主は、数年前に病で亡くなった。
君の母親の女性は、数年前から消息不明だ。
現在も女性の生死はおろか、居所も掴めてはいない」

「なんやのそれ、本当の親に会われへんの。
一族の争いとかどうでもええわ、育ててくれた親と暮らすわ」、淀屋がいう。
「残念だがそれはできない、彼らは我々に知られないところへ向かっている。
君を育ててくれた謝礼、結構な額の謝礼を携えてね」、実王寺がいう。

「全然、信じられへんわ、何も証拠がないやんか」、淀屋がいう。
実王寺はスーツの懐から、写真を取り出した。
「見るがいい、君の父親と母親の若かりし頃の写真だ」
実王寺は淀屋に歩み寄り、写真を手渡した。

1枚の写真には、真っ直ぐにこちらを見るスーツ姿の男が写っていた。
男の顔は、鏡でみる自分の顔に似ており、兄のようだった。
もう1枚の写真には、街中で信号待ちをしている女性が写っていた。
女性の上品で端正な横顔からは、底知れぬ知性がうかがえた。