2017年1月13日金曜日

【小説】浪花相場師伝 第五話 スタジャンの男と茶髪の女(前編)

第五話 スタジャンの男と茶髪の女(前編)

よく切れるナイフを思わせる男は部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待てや、オッサン」
よく切れるナイフを思わせる男は立ち止まった。
「何が1時間後に迎えに来るや、ふざけた真似すんなや」、息子がいう。

「どこがふざけている真似かな」、よく切れるナイフを思わせる男が背中越しにいう。
「何が1時間後に迎えに来るや、おかしいやろ。
何で誰もおらへんのに、お前がおんねん」、息子がいう。
よく切れるナイフを思わせる男は、ゆっくりと振り返った。

「もう一度いうが、君を庶民の家庭環境で育てるという彼らの役目は終わった。
君を育てた2人は、君の本当の産みの親ではない。
君に庶民の生活を体験させるべく雇われた者だ。
君の本当の産みの親は他にいる」、よく切れるナイフを思わせる男がいう。

「う、うそや、うそやろ」、息子がいう。
「ウソではない、では1時間後に迎えに来る」
よく切れるナイフを思わせる男はいい、部屋を出て行った。
部屋のドアが閉まり、息子1人だけになった。

同じ頃、スタジャンの男と茶髪の女は転居先へと向かうタクシーの中にいた。
タクシーの後部座席で、スタジャンの男は泣き続ける茶髪の女の肩を抱いていた。
「お金なんか要らへんから、あの子と一緒に暮らさせてよ」、茶髪の女が泣きじゃくる。
スタジャンの男は泣き続ける茶髪の女の肩を抱きながら、あの日のことを思い出した。

スタジャンの男は、裕福とはいえない家庭で生まれ育った。
両親の収入は少ないのに、兄弟姉妹が多かった。
「貧乏人の子沢山」、貧乏な人ほど子どもが多い。
その意味を知ったのは、中学校を卒業したときだった。

中学を卒業したスタジャンの男は、建設会社の作業員として懸命に働いた。
いつも仕事帰りに寄る飲み屋で、茶髪の女と知り合い、同棲生活が始まった。
籍を入れたが、2人になかなか子どもはできなかった。
ある日、訪れた産婦人科で、2人に子どもができる可能性は限りなく0だといわれた。

スタジャンの男は、その日を境に荒れるようになった。
金遣いが派手になり、宵越しの金は持たない生活を始めた。
スタジャンの男は、高金利の街金に借入をするようになった。
スタジャンの男の借金は膨らみ続けた。