2017年1月12日木曜日

【小説】浪花相場師伝 第四話 忘れられない夜(後編)

第四話 忘れられない夜(後編)

ジーンズの息子は、両親との楽しいひとときを過ごした。
やがて家族の思い出話になった。
なかなか子供に恵まれなかった両親に初めて子供ができたときの話。
少し熱があるだけで救急車を呼び、医師から叱られた話。

参観日に父親がスーツを着て行ったが、スーツ姿は父親1人だけだった話。
母親が朝早くから作ってくれた運動会の弁当を、友達から羨ましがられた話。
貧乏だとはやしたてるクラスメイトたちに息子が殴りかかり、謹慎処分になった話。
怒った両親が教育委員会へ乗り込み、謹慎処分が取り消しになった話。

ワインに息子は酔いつぶれた。
酔いつぶれた息子は、スタジャンの父親に抱えられスイートルームへ向かった。
「あんた、飲ませすぎやで」、茶髪の母親がいう。
「わかってるがな、だが嬉しいんや、しゃあないやろ」、スタジャンを着た父親がいう。

スイートルームへ戻ると、酔ったジーンズの息子はベッドへ倒れこんだ。
息子は夢を見ていた、両親の話し声が聞こえてくる。
「いつまでも名残惜しそうにすんなや」、スタジャンの父親の声が聞こえる。
「そやかて、いままでずっと一緒に暮らしてきたんやで」、茶髪の母親の泣き声が聞こえる。

「ワテも泣きたいわ、そやけど決まってたことや」、スタジャンの父親も泣いていた。
「ほんま、ありがとうな、ウチはいつまでもあんたの親やさかいな」、茶髪の母親が泣く。
なんで、泣いてるんやろ、明日はご先祖様の墓参りやからか。
ジーンズの息子は朦朧とした意識の中で思い、再び眠りに落ちた。

翌朝、ジーンズの息子が目覚めると、スイートルームに両親の姿はなかった。
窓際の椅子に、スーツ姿の1人の細身の男が座っていた。
オールバックの髪型に切れ長の目を持つ男は、よく切れるナイフを思わせた。
年齢は父親と同じくらいだろうか。

男は椅子の肘掛にひじをついた手をあごの下で組み、息子を見ていった。
「お目覚めかな、今日から君の教育係になる、よろしく頼む」
「あんた誰や、何いうてんの、訳わからんこといわんといて」、息子がいう。
「前から決まっていたことだ」、よく切れるナイフを思わせる男は微動だにせずいった。

「君を庶民の家庭環境で育てるという彼らの役目は終わった。
これから君を一族の当主にするべく、教育することが私の役目だ。
1時間後に迎えに来る、それまでに身支度を済ませておくように」
よく切れるナイフを思わせる男はそういい残すと、座っていた椅子から立ち上がった。