2017年1月29日日曜日

【小説】浪花相場師伝 第十六話 淀屋の一族(後編)

第十六話 淀屋の一族(後編)

アメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけとした暴落。
後に、「リーマンショック」と呼ばれる暴落相場だった。
淀屋はリーマン・ブラザーズの破綻後に、全株を売却した。
すかさず信用取引を使い、国内の大型株中心に売りを入れた。

同じ頃、淀屋と同じ動きをした相場師がいた。
大阪の難波を拠点にしている女相場師、難波の女帝だった。
難波の女帝は全株を売却、国内の大型株中心に売りを入れた。
「ああ、おもろ、これでまた大儲けや」、難波の女帝はほくそ笑んだ。

難波の女帝は、淀屋二代目本家だった。
初代本家が江戸幕府に財産を没収された後、二代目本家が再興を果たした。
幕末になると、二代目本家は討幕運動に積極的に加担する。
その後、ほとんどの財産を自ら朝廷に献上して、二代目本家は表舞台から姿を消した。

二代目本家の血を受け継いでいた難波の女帝は不敵な笑みを浮かべた。
所詮、国なんか当てにならへん、取れるところから取ったろういう考えや。
今回、相場が暴落しても、国は何にもできへんはずや。
ホンマぬるい国やわ、駄菓子屋のように潰したろかしら。

彼女にはトラウマともいえる出来事があった。
幼少の頃、彼女は両親から小遣いを与えられた。
駄菓子屋へお菓子を買いにいくのが、彼女の楽しみだった。
ところがその日に限って、欲しいお菓子を買うには金が足りなかった。

「おばちゃん、これちょうだい」、幼少の難波の女帝がお菓子を指差す。
「ああ、このお菓子なら50円や」、店主の女性がいう。
「はい、お金」、幼少の難波の女帝が10円玉を渡そうとする。
「これだけしかないんか、全然、足りへんやないか」、店主の女性がいう。

「お金やで、売ってえな」、幼少の難波の女帝がいう。
「ウチが年取ってるからって、バカにしてんのか」、店主の女性がいう。
「ウチ、このお菓子食べたいんや」、幼少の難波の女帝がいう。
「足りへんもんは足りへんのや、とっとと帰れ」、店主の女性が怒鳴った。

「な、なんで、怒るの、ウチこのお菓子が欲しいだけやんか」、幼少の難波の女帝がいう。
「ええから、とっとと帰れ、貧乏人が」、店主の女性が怒鳴った。
駄菓子屋からの帰り道、幼少の難波の女帝はこんな駄菓子屋いらんと思った。
十数年後のバブル相場、難波の女帝は儲けた金で地上げ屋を使い、駄菓子屋を潰した。

2017年1月27日金曜日

【小説】浪花相場師伝 第十五話 淀屋の一族(前編)

第十五話 淀屋の一族(前編)

「何、これって、利息をつけた金やん」、淀屋は思わず関西弁になっていた。
「今までわたしに見合うだけの男がいなかったのよ。
わたしに見合う男が見つからなかった代償がたった100万円、ふざけるんじゃないわよ。
1年で10倍にしか増やせないなんて、アタマ大丈夫」、理沙はいうと部屋を出て行った。

実におもろい女や、10倍のリターンに興味なしか。
世の中、いろんな奴がおるもんやな。
ホンマ、ええ勉強になるわ。
この淀屋、理沙様の価値観をひっくり返してみせましょう、淀屋は笑みを浮かべた。

淀屋は大学生活を送りながら、不定期に合コンを開催していた。
合コンで預かった金で、GCファンドの運用を続けていた。
2008年9月15日、アメリカの投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した。
原因はサブプライムローン問題に端を発したアメリカのバブル崩壊だった。

投資銀行が破綻する、しかも米国の投資銀行や、これはエライことになる。
淀屋はGCファンドの保有株を全て売却した。
2008年10月9日、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が、9,000ドルを割った。
2008年10月10日、東京証券取引所には、売り注文が殺到することになった。

これからは売りや、売って売って売りまくったる。
淀屋は信用取引を使い、国内の大型株中心に売りを入れた。
2008年9月17日の日経平均株価終値は、12,214円だった。
同年10月28日には一時、6,000円台まで下落、26年ぶりの安値を記録した。

江戸時代、大阪に淀屋と呼ばれた豪商がいた。
淀屋は、全国の米相場の基準となる米市を設立し、米市で莫大な富を得た。
淀屋の米市で行われた米取引は、世界の先物取引の起源とされている。
やがて淀屋の財力を恐れた幕府により、淀屋は財産を没収された。

だが、あらかじめ暖簾分けをしていたことで、大阪の地での再興に成功する。
幕末になると、淀屋は討幕運動に積極的に加担する。
その後、ほとんどの財産を自ら朝廷に献上して、淀屋は表舞台から姿を消した。
大阪にある淀屋橋は、淀屋に由来していることは広く知られている。

淀屋の一族は、明治、大正、昭和の激動の時代をひっそりと生き抜いてきた。
商才により莫大な富を得た一族は、全国の土地を買い付けた。
今や、淀屋の一族は全国の主要都市に多くの土地を所有していた。
一族が所有する土地の評価額は、日本の国家予算に匹敵するともいわれている。

2017年1月24日火曜日

【小説】浪花相場師伝 第十四話 GCファンド始動(後編)

第十四話 GCファンド始動(後編)

淀屋は合コンの際に、必ず医学生ではない男を参加させるようにしていた。
モデルの卵であったり、駆け出しの俳優などイケメンの男たちである。
彼らは女性たちに対するサクラだった。
もちろん、彼らからも淀屋はきっちりと参加費は取っていた。

1回の合コンで平均10名参加、100万円もの額を淀屋が預かる形になった。
合コンの金で運用するファンド、さしずめGCファンドやな。
淀屋は実王寺が開設してくれた取引口座から、信用取引口座を開設した。
難波の女帝を上回るためには信用取引しかない、が淀屋の結論だった。

信用取引を使えば、資金の何倍もの取引ができる。
だがリスクは極めて高くなり、下手すれば莫大な借金を背負い破産することになる。
そやけど難波の女帝にできて、ワテにできんことはない。
淀屋は信用取引を使って、GCファンドの運用を始めた。

淀屋が最初の合コンを開いてから、1年になろうとしていた。
今やGCファンドは、1億円をはるかに超える額を運用していた。
そろそろ、1回目の返金時期やな。
淀屋はリターンの低い株から売りにかかった。

芦屋のお嬢様。理沙は何回目かになる淀屋主催の合コンに参加していた。
淀屋の主催する合コンには、必ずイケメンの男が1人はいる。
医大生との合コンだというが、理沙はイケメンの男がサクラだと見抜いていた。
いったい、この合コンの目的はなに、理沙はいつものように淀屋を観察していた。

高級ホテルのスイートルームでの合コン。
お互いに気の合った者同士が、親密な会話を交わす。
この相手は自分にとってメリットがある相手なのか、品定めをしている。
中には淀屋の用意したサクラに群がる軽薄な女もいる。

ふと視線を感じて見ると、椅子に座った淀屋がこちらを見ていた。
淀屋が目でついて来いと合図したのがわかった。
椅子から立ち上がった淀屋は、入口へ向かって歩き出した。
理沙も淀屋の後をついていった。

淀屋はスイートルームから出ると、隣の部屋の鍵を開け、理沙を招きいれた。
「1年前のお相手と交際に至らなかったので、10万円に利息をつけて返金します」
淀屋は懐から帯封のついた札束、100万円を出すと理沙に手渡そうとした。
「何これ」、氷のような冷たい眼差しを浮かべた理沙がいう。

2017年1月23日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第十三話 GCファンド始動(前編)

第十三話 GCファンド始動(前編)

「医大生との合コンまだぁ」
「友達から急かされてるんだけど、なんて答えたらいい」
「合コンが先になるなら、先に2人きりで会いませんか」
淀屋の携帯に、女性たちからの催促メールが頻繁に届くようになった。

しゃあないな、そろそろ次の段階へ移るか。
マメに返信しながら、淀屋は思った。
先ずはお嬢様大学の近くでバイト、合コン先を作るのが最初の段階だった。
すでに淀屋が作った合コン先は、3桁に迫ろうとしていた。

淀屋は経済学部だったが、大学には医学部があった。
医学部は多額の学費が必要や、当然、親が金持ちのボンボンや。
しかも勉強ばかりで、今まで女の子と交際したことある奴は少ないはずや。
この淀屋が君たちの愛の救世主になって進ぜよう、淀屋はほくそ笑んだ。

淀屋は、医学部の女性とは縁のなさそうな学生たちに声をかけてまわった。
「なあ、今度、お嬢様大学との合コンがあるんやけど、参加せえへんか」、淀屋がいう。
「えっ、ほ、ホンマに」、誘われたメガネをかけた学生がいう。
「ホンマや、参加費が高いせいか、人数が足りなくて困ってんねん」、淀屋がいう。

「参加費っていくらなん」、メガネをかけた学生がいう。
「20万円や」、淀屋がいう。
「20万円、いくらお嬢様大学との合コンでも高すぎるわ」、メガネをかけた学生がいう。
「お嬢様大学との合コンやで、安い居酒屋でなんか、できへんやろ」、淀屋がいう。

「そやかて、20万円の会場ってどこやねん」、メガネをかけた学生がいう。
「場所は高級ホテルのスイートルーム、もちろん一晩、貸切や。
スイートルームで、朝までお嬢様たちと楽しい一時を過ごせるんやで。
1人当たりは10万円や、そやけど女性の分を足すので20万円や」、淀屋がいう。

「あかん、20万円は高すぎるわ」、メガネをかけた学生がいう。
「最後まで話を聞きいや、確かに女性の分を負担して不調に終わったとする。
もし1年後に誰とも交際できてへんかったら、女性の分は返金させてもらうわ。
どや、わるい話やないやろ」、淀屋がいう。

淀屋は合コン先のお嬢様大学の相手にも同じ条件を告げた。
「20万円で玉の輿に乗れるかもしれないチャンスだよ。
もし1年後に交際できていなかった場合、男性の分はそっくり返金させてもらうよ」
淀屋が送ったメールに、参加を断る返信はなかった。

2017年1月21日土曜日

【小説】浪花相場師伝 第十ニ話 マネープラン(後編)

第十ニ話 マネープラン(後編)

理沙は阪神の高級住宅地、芦屋に家があるお嬢様だった。
父は会社を経営しており、母はアパレルブランドのデザイナーだった。
理沙は、上流家庭育ちの娘が通う女子大に入学した。
正直いって、大学は退屈な場所だった。

理沙にとって、大学だけではなく日常の全てが退屈だった。
何回か合コンに参加したことはあるが、魅力的な男はいなかった。
裕福そうな男がいても、自分と同じで親が裕福だからにすぎない。
自分の力で成功してやろうって男はいないのかしら、理沙は思っていた。

理沙が通う女子大近くのカフェに、カッコいい店員がいると噂になっていた。
理沙は、友達たちと何度かそのカフェを利用したことがあった。
だが、噂になるようなカッコいい店員を見た覚えはない。
そんなカッコいい店員いたかしら、たまたま気づかなかっただけかしら。

気になった理沙は、ある日、学校帰りに1人でカフェに立ち寄った。
午後早い時間だったせいか、店内は空いていた。
理沙が席に着き、メニューを眺めていると、横から声がした。
「いらっしゃいませ」、静かに水の入ったグラスを置かれた。

理沙が顔を上げると、若い男性店員が微笑んでいた。
若い男性店員は、アイドルのような整った優しそうな顔立ちをしていた。
なるほど、この店員ね、確かにいい男、今風にいうとイケメンだわ、理沙は思った。
「ご注文はお決まりでしょうか、リサ様」、男性店員がいう。

「何で、あたしの名前知ってるの」、驚いた理沙が聞く。
「友達とお見えになったとき、友達がリサと呼ばれていたからです」、男性店員がいう。
「そ、そうだったの、ホットミルクティーをお願い」、理沙がいう。
「かしこまりました」、男性店員はオーダーを厨房へ伝えに行った。

運ばれてきたホットミルクティーを飲みながら、理沙は思った。
わたしの名前を覚えているってことは、気になる存在だったってことかしら。
やがて会計をするべく、レジへ向かうと、イケメンの男性店員がいた。
会計を終えた理沙に、イケメンの男性店員が小声でいった。

「医学部の先輩連中から合コンの幹事を頼まれて困っています。
もしよかったら合コンしていただけませんか、してもいいと思ったら連絡ください」
イケメンの男性店員は、連絡先を書いたメモを理沙にそっと手渡した。
イケメンの男性店員こと淀屋は、メモを手に店を出て行く理沙を見送った。

2017年1月20日金曜日

【小説】浪花相場師伝 第十一話 マネープラン(前編)

第十一話 マネープラン(前編)

大学の入学手続きを終えた淀屋は、どうすれば効率よく金を増やせるか考えていた。
元手は育ての父親が残してくれた1000万円超の現金。
大学4年間の学費は、育ての母親が残してくれていた。
だが、これからの生活費を稼がなくてはならない上に、金を増やさなあかん。

淀屋は図書館に通いつめ、株式投資について一通りの知識を身につけていた。
インカムゲインとキャピタルゲイン、現物取引と信用取引。
ファンダメンタル分析とテクニカル分析。
だが所詮は机上論、実践はこれからや、決して失敗はできへん。

1000万円から生活費を除いた額を、運用するのが最も安全策や。
だが誰でも思いつく方法や、それでは難波の女帝には勝てへん。
難波の女帝を上回るには、リスクを取らな勝てへん。
どうリスクを取ったらええんや、わからへん、淀屋は考え続けた。

そんなある日、淀屋は食料品を買いにスーパーへ出かけた。
向かい側から、幼稚園くらいの女の子と母親らしき2人が歩いてくる。
すれ違ったあと、「ハンサムなお兄さんやな」、女の子の声が聞こえた。
「そやな」、母親の小声が聞こえた。

淀屋は辺りを見回したが、淀屋の他には誰もいなかった。
淀屋は今まで女性と交際したことがなかった。
女性から好意を寄せられたことはあったが、金がないので交際を断っていた。
交際を断った理由を何人かの女性から聞かれたが、忙しいとか適当にいっていた。

そのとき、淀屋の頭に閃光が走った。
手元にある金を増やすのではなく、手元にない金を増やすんや。
他人が持っている金を集めて増やせばいいんや、簡単なことやんか。
自分の持てる全てを使い、他人の金を集めて増やすんや、淀屋は笑みを浮かべた。

やがて、淀屋の大学生活が始まった。
淀屋にとって、大学はまさしく学びの場だった。
名だたる教授たちから、学べるだけ学ぼうとした。
淀屋の専攻は経済で、常に上位の成績をキープしていた。

淀屋の大学以外の時間は、ほとんどがバイトに充てられた。
若い女性に人気のある飲食店のバイトを、淀屋は何軒も掛け持ちしていた。
「カッコいい店員がおる店教えたろか」、「うん、連れてってえな」
飲食店を利用した女性客たちから、淀屋の評判は広がっていった。

2017年1月18日水曜日

【小説】浪花相場師伝 第十話 教わること(後編)

第十話 教わること(後編)

1時間後、淀屋と実王寺は、淀屋が住んでいるアパートの前にいた。
「ここに来んと、これからの話ができへんって。
まさか、2人で暮らすとか言い出すんやないやろな」、淀屋がいう。
「そのような趣味はない、早く案内しろ」、実王寺がいう。

古い木造アパートの階段を上がり、淀屋の自室へ向かう。
鍵を使って玄関ドアを開けると、淀屋は「たたいま」といいそうになった。
淀屋が靴を脱いで上がると、続いて実王寺も上がりこんだ。
実王寺は奥の居間へまっすぐに向かうと、タンスの引き出しを開け物色しだした。

「こら、勝手に人の家の物をさわんな」、淀屋がいう。
「あったよ、ほら」、実王寺は2冊の通帳と印鑑を、淀屋に投げてよこした。
「な、何や、これ」、受け取った淀屋が聞く。
「彼らが君に残してくれた金だ、彼らに君に渡してくれと頼まれた」、実王寺がいう。

2冊の通帳の名義は、確かに自分の名義だ。
1冊の通帳には、表にボールペンで「学費」と書いてある。
この丸みのある字は、育ててくれた母親の字。
口座残高を見ると、これから入学する大学の4年間の学費とほぼ同じ額があった。

もう1冊の通帳には、表に「お祝わい」と書いてあった。
この四角ばった字は、育ててくれた父親の字。
中の取引履歴を見ると、淀屋が産まれてから不定期に預け入れられていた。
口座残高は、優に1000万円を超えていた。

お世辞にも、裕福とはいえへん家庭やった。
だが、いろいろなところへ連れて行ってくれたし、楽しかった。
がさつなところはあった親やけど、完璧な人間などおらへん。
ホンマに最高の親やった、淀屋の胸に熱いものが込み上げてきた。

「これからの君への教育について説明する。
残念だが、気は先代の資産を使うことはできない。
現在の君の資産は、そこにある2冊の通帳だけだ。
大学卒業までに、その資産をどれだけ増やせるかが君の最初の課題だ。

この紙に君のために開設しておいた株式取引口座の情報が記載してある。
ユーザーネームにログインパスワードだ。
現在の取引口座の残高は0円、どう増やすかは自分で考えることだ」
淀屋に紙を渡すと、実王寺はアパートの部屋から退室した。

2017年1月17日火曜日

【小説】浪花相場師伝 第九話 教わること(前編)

第九話 教わること(前編)

淀屋は、2枚の写真を見つめたまま黙っていた。
やがて、おもむろに実王寺がいう。
「真実だということがわかってもらえたようだな。
その写真は君の物だ、他に質問はあるかな」

「今、一族はどうなってんの」、淀屋が聞く。
「いい質問だ、12代目当主の予想通りになっているよ。
12代目当主の死後、醜い権力争いが起こった。
中には非合法すれすれの手を使う者までいた。

幸いなことに、13代目当主はまだ決まっていない。
今は一族の中で、最高齢の男が形だけの長になっている。
だが影では何人もの連中が、虎視眈々と次期当主の座を狙っている。
最有力候補が、難波の女帝と呼ばれる女相場師だ」、実王寺がいう。

「相場師って、サイコロ振ったりするやつか」、淀屋が聞く。
「それは昔の丁半博打だ、相場師とは株を生業にしている者だよ。
難波の女帝は株で莫大な資産を築いた女相場師だ。
今や、難波の女帝は一族の中で最も発言力がある」、実王寺がいう。

「で、これから何を教育されるんやろ」、淀屋が聞く。
「決まっている、淀屋の当主は全てにおいて優れていなくてはならない。
難波の女帝を凌ぐ相場師になってもらう」
不敵な笑みを浮かべた実王寺がいう。

「なるほど、12代目当主の財産を使って、当主になるんやな。
そんなん、絶対、難波の女帝とやらに勝てるやん。
まるで、ドラマの主人公みたいやんか、なんか面白なってきたわ。
そうと決まれば、早う教育してんか」、淀屋がいう。

実王寺は何も言葉を発しなかった。
淀屋が実王寺を見ると、実王寺は不敵どころか凄みのある笑みを浮かべていた。
「な、なんや、何がそんなにおかしいんや、怖い笑い方すんなや」
淀屋が驚きながらいう。

「最初にいっておくが、難波の女帝は手強い。
難波の女帝の凄さは、相場で資産を増やす能力だ。
資産が多ければ勝てる相手ではない。
君には難波の女帝を超える資産を増やす能力を身につけてもらう」、実王寺がいう。

2017年1月16日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第八話 出生の秘密(後編)

第八話 出生の秘密(後編)

「何で、奥さんじゃない人が母親なんや」、淀屋が聞く。
「君の先祖、淀屋初代本家は幕府に目をつけられ、全財産を没収された豪商だ。
その後、淀屋二代目本家が朝廷側につき、幕府打倒の後方支援をした。
やがて、大政奉還されると、淀屋二代目本家は全財産を朝廷に献上した。

そして、淀屋の一族は歴史の表舞台から姿を消した。
だが、淀屋の一族は、今も全国に生き続けている。
親族が多くなるにつれ、一族の中で権力闘争が起こるようになった。
12代目当主は、一族のそうした争いに危機感を持っていた。

初代本家以外の誰にも知られないところに、直系の子孫を残すことにした。
淀屋一族の当主になるには、あらゆる面で人より優れていなくてはならない。
やがて最適な遺伝子を持つ1人の女性が選ばれた、それが君の母親だ」
実王寺はそこまでいうと、椅子の肘掛にひじをついた手をあごの下で組んだ。

「ほな、これから本当の親と暮らせるんか」、淀屋が聞く。
実王寺はしばらく無言だった。
やがて、椅子から立ち上がると、淀屋に背中を向けた。
おもむろに実王寺が語りだした。

「君は本当の親と暮らすことはできない。
君の父親である12代目当主は、数年前に病で亡くなった。
君の母親の女性は、数年前から消息不明だ。
現在も女性の生死はおろか、居所も掴めてはいない」

「なんやのそれ、本当の親に会われへんの。
一族の争いとかどうでもええわ、育ててくれた親と暮らすわ」、淀屋がいう。
「残念だがそれはできない、彼らは我々に知られないところへ向かっている。
君を育ててくれた謝礼、結構な額の謝礼を携えてね」、実王寺がいう。

「全然、信じられへんわ、何も証拠がないやんか」、淀屋がいう。
実王寺はスーツの懐から、写真を取り出した。
「見るがいい、君の父親と母親の若かりし頃の写真だ」
実王寺は淀屋に歩み寄り、写真を手渡した。

1枚の写真には、真っ直ぐにこちらを見るスーツ姿の男が写っていた。
男の顔は、鏡でみる自分の顔に似ており、兄のようだった。
もう1枚の写真には、街中で信号待ちをしている女性が写っていた。
女性の上品で端正な横顔からは、底知れぬ知性がうかがえた。

2017年1月15日日曜日

【小説】浪花相場師伝 第七話 出生の秘密(前編)

第七話 出生の秘密(前編)

「どういうこと、ホンマに借金がなくなるんか」、スタジャンの男がいう。
「今月中にある男の子が産まれる、貴様らはその子を育てろ」、男がいう。
「その子には親がおるんやろ、産みの親が育てるのが普通やんか」
スタジャンの男がいう。

「確かに貴様がいうのは正論だ、だが、それは一般家庭の話だ。
貴様が育てるのは、ある一族の当主となる子どもだ。
その子は、現在の当主の遺伝子と最適な遺伝子を持つ女との間にできた。
最適な遺伝子を持つ女は、人工授精で当主となる子どもを孕んだ。

現在の当主と、当主の子どもを孕んだ女に面識はない。
この先も、2人が顔を合わせることはないだろう。
子どもを出産した時点で、女の役目は終わりだ。
出産してから、庶民の家庭環境で育てるのが貴様らの役目だ」、男がいう。

「その子は18歳になったら、どうなりますの」、スタジャンの男がいう。
「おそらく、次の担当へ引き継がれることになるだろう。
心配するな、貴様の借金は今日中になかったことにしてやる。
貴様の大切なあいつのため、死ぬ気になって生きろ」、男はいい立ち去った。

18年後、高級シティホテルのスイートルーム。
よく切れるナイフを思わせる男は、スイートルームのドアを開けた。
身支度を終えたジーンズの息子は、椅子に座って、ベッドを見ていた。
しかも、椅子の肘掛にひじをついた手をあごの下で組んでいた。

「何をしている」、よく切れるナイフを思わせる男が問う。
「同じことしたら、オッサンの気持ちがわかるかなと思て」、ジーンズの息子がいう。
「それで、わかったのか」、よく切れるナイフを思わせる男が問う。
「あかんわ、さっぱりわからへん」、ジーンズの息子がいう。

「君の本当の姓は淀屋、私は実王寺だ」、よく切れるナイフを思わせる男がいう。
「実王寺さん、聞きたいことが山ほどあるんや」、ジーンズの息子がいう。
「いいだろう、知っていることは全部、教えてやろう、聞くがいい」
実王寺は手近の椅子を引き寄せると座った。

「本当の父親は誰なんや」、淀屋が聞く。
「君の父親は、淀屋初代本家12代目当主だ」、実王寺が答える。
「じゃあ、本当の母親は当主の奥さんなんか」、淀屋が聞く。
「違う、奥さんではない、12代目当主と最適な遺伝子を持つ女性だ」、実王寺が答える。

2017年1月14日土曜日

【小説】浪花相場師伝 第六話 スタジャンの男と茶髪の女(後編)

第六話 スタジャンの男と茶髪の女(後編)

スタジャンの男が、高金利の街金から借りた借金の額は膨らみ続けた。
スタジャンの男と茶髪の女は、電気を止められたアパートの1室で息を潜めていた。
「おんどれ、借りたもんは返さんか」、「おるのはわかってんねや、出て来んかい」
貸金業規正法及び出資法の一部改正の遥か前、毎晩のように怒声が響いた。

スタジャンの男は職場に取り立ての電話が掛かってくるようになり、職を失っていた。
やがて取り立ては茶髪の女の勤めていた飲み屋にも来て、2人とも職を失った。
「ごめんな、あんた、ウチが子ども出来へんかったのが悪いんや」
真っ暗なアパートの部屋で、茶髪の女は泣きじゃくった。

ドアの外で、「このまま逃げきれると思うなよ」と声がして、ようやく静かになった。
スタジャンの男は、茶髪の女を抱く手に力を込めた。
「心配すなや、まだ何とかなる、何とかして金を調達するさかい」
だが双方の親の反対を押し切って一緒になった2人には、頼る先はなかった。

翌朝、台風の影響で大雨だった。
大雨の中、スタジャンの男は街を彷徨いつづけていた。
スタジャンの男の所持金は数十円だった。
カネ落ちてへんかな、俯きながらスタジャンの男は街を歩き続けた。

歩きつかれたスタジャンの男は、道端にへたり込んだ。
もうスッカラカンや、家賃は何ヶ月も払ってへん。
いよいよアパートも追い出されるな、そしたら夫婦でホームレスか、笑えるわ。
スタジャンの男は、肩を震わせて泣き始めた。

「何を泣いている」、男の声がした。
スタジャンの男が顔を上げると、レインコートを羽織った男がいた。
常夜灯の灯りが逆光になっていて、フードの下の男の顔はよく見えなかった。
「大の大人が泣くからには、よほどの理由があるのだろう、訳を話せ」、男がいう。

「高金利の街金に金を借りて、金が返せないんですわ」、スタジャンの男がいう。
「自分が借りたのか、なら自業自得だ」、男がいう。
「そんなことはわかってます、そ、そやけど、あいつにだけは苦労させたくないんや」
スタジャンの男は顔を覆うと、肩を震わせて泣き始めた。

「今の言葉、二言はないな」、男がいう。
「ホンマや、あいつのためやったら何でもする」、スタジャンの男がいう。
「ならば、貴様の借金は無かったことにしてやる。
そのかわり、貴様らはある子どもを18歳になるまで育てろ」、男がいう。

2017年1月13日金曜日

【小説】浪花相場師伝 第五話 スタジャンの男と茶髪の女(前編)

第五話 スタジャンの男と茶髪の女(前編)

よく切れるナイフを思わせる男は部屋を出て行こうとした。
「ちょっと待てや、オッサン」
よく切れるナイフを思わせる男は立ち止まった。
「何が1時間後に迎えに来るや、ふざけた真似すんなや」、息子がいう。

「どこがふざけている真似かな」、よく切れるナイフを思わせる男が背中越しにいう。
「何が1時間後に迎えに来るや、おかしいやろ。
何で誰もおらへんのに、お前がおんねん」、息子がいう。
よく切れるナイフを思わせる男は、ゆっくりと振り返った。

「もう一度いうが、君を庶民の家庭環境で育てるという彼らの役目は終わった。
君を育てた2人は、君の本当の産みの親ではない。
君に庶民の生活を体験させるべく雇われた者だ。
君の本当の産みの親は他にいる」、よく切れるナイフを思わせる男がいう。

「う、うそや、うそやろ」、息子がいう。
「ウソではない、では1時間後に迎えに来る」
よく切れるナイフを思わせる男はいい、部屋を出て行った。
部屋のドアが閉まり、息子1人だけになった。

同じ頃、スタジャンの男と茶髪の女は転居先へと向かうタクシーの中にいた。
タクシーの後部座席で、スタジャンの男は泣き続ける茶髪の女の肩を抱いていた。
「お金なんか要らへんから、あの子と一緒に暮らさせてよ」、茶髪の女が泣きじゃくる。
スタジャンの男は泣き続ける茶髪の女の肩を抱きながら、あの日のことを思い出した。

スタジャンの男は、裕福とはいえない家庭で生まれ育った。
両親の収入は少ないのに、兄弟姉妹が多かった。
「貧乏人の子沢山」、貧乏な人ほど子どもが多い。
その意味を知ったのは、中学校を卒業したときだった。

中学を卒業したスタジャンの男は、建設会社の作業員として懸命に働いた。
いつも仕事帰りに寄る飲み屋で、茶髪の女と知り合い、同棲生活が始まった。
籍を入れたが、2人になかなか子どもはできなかった。
ある日、訪れた産婦人科で、2人に子どもができる可能性は限りなく0だといわれた。

スタジャンの男は、その日を境に荒れるようになった。
金遣いが派手になり、宵越しの金は持たない生活を始めた。
スタジャンの男は、高金利の街金に借入をするようになった。
スタジャンの男の借金は膨らみ続けた。

2017年1月12日木曜日

【小説】浪花相場師伝 第四話 忘れられない夜(後編)

第四話 忘れられない夜(後編)

ジーンズの息子は、両親との楽しいひとときを過ごした。
やがて家族の思い出話になった。
なかなか子供に恵まれなかった両親に初めて子供ができたときの話。
少し熱があるだけで救急車を呼び、医師から叱られた話。

参観日に父親がスーツを着て行ったが、スーツ姿は父親1人だけだった話。
母親が朝早くから作ってくれた運動会の弁当を、友達から羨ましがられた話。
貧乏だとはやしたてるクラスメイトたちに息子が殴りかかり、謹慎処分になった話。
怒った両親が教育委員会へ乗り込み、謹慎処分が取り消しになった話。

ワインに息子は酔いつぶれた。
酔いつぶれた息子は、スタジャンの父親に抱えられスイートルームへ向かった。
「あんた、飲ませすぎやで」、茶髪の母親がいう。
「わかってるがな、だが嬉しいんや、しゃあないやろ」、スタジャンを着た父親がいう。

スイートルームへ戻ると、酔ったジーンズの息子はベッドへ倒れこんだ。
息子は夢を見ていた、両親の話し声が聞こえてくる。
「いつまでも名残惜しそうにすんなや」、スタジャンの父親の声が聞こえる。
「そやかて、いままでずっと一緒に暮らしてきたんやで」、茶髪の母親の泣き声が聞こえる。

「ワテも泣きたいわ、そやけど決まってたことや」、スタジャンの父親も泣いていた。
「ほんま、ありがとうな、ウチはいつまでもあんたの親やさかいな」、茶髪の母親が泣く。
なんで、泣いてるんやろ、明日はご先祖様の墓参りやからか。
ジーンズの息子は朦朧とした意識の中で思い、再び眠りに落ちた。

翌朝、ジーンズの息子が目覚めると、スイートルームに両親の姿はなかった。
窓際の椅子に、スーツ姿の1人の細身の男が座っていた。
オールバックの髪型に切れ長の目を持つ男は、よく切れるナイフを思わせた。
年齢は父親と同じくらいだろうか。

男は椅子の肘掛にひじをついた手をあごの下で組み、息子を見ていった。
「お目覚めかな、今日から君の教育係になる、よろしく頼む」
「あんた誰や、何いうてんの、訳わからんこといわんといて」、息子がいう。
「前から決まっていたことだ」、よく切れるナイフを思わせる男は微動だにせずいった。

「君を庶民の家庭環境で育てるという彼らの役目は終わった。
これから君を一族の当主にするべく、教育することが私の役目だ。
1時間後に迎えに来る、それまでに身支度を済ませておくように」
よく切れるナイフを思わせる男はそういい残すと、座っていた椅子から立ち上がった。

2017年1月11日水曜日

【小説】浪花相場師伝 第三話 忘れられない夜(前編)

第三話 忘れられない夜(前編)

両親に初めて連れてこられた淀屋橋。
メインイベントは、土佐堀川のほとりにある「淀屋の碑」見学だった。
「ええか、しっかりと目に焼き付けるんやで」、スタジャンの父親がいう。
「あんたのご先祖様の偉業を称えた石碑やさかいな」、茶髪の母親がいう。

「お前のご先祖様はな、大阪を天下の台所にしてくれたんや。
そりゃあ、立派なご先祖様やったんやで」、スタジャンの父親がいう。
「そやけど、五代目のときに幕府に全財産を没収されてしもたんや。
没収されてなければ、ウチらも今ごろセレブやったかもしれんな」、茶髪の母親がいう。

「あほう、わしらはセレブって器やないやろ、庶民には庶民の楽しみ方があるんや。
さあ、今日は近くに泊まって、明日はお前のご先祖様の墓参りや」
スタジャンの父親がいい、歩き出した。
その日の宿泊先は、淀屋橋にある高級シティホテルだった。

今まで家族旅行で泊まるのは、ビジネスホテルや民宿だった。
宿泊する部屋が1泊数十万円のスイートルームだと聞き、息子は驚いた。
「お、お金は大丈夫なん」、心配して聞く息子にスタジャンの父親が答える。
「今日はお前の合格祝いや、心配すんな、これくらいの金はある」

スイートルームは住んでいるアパートの数倍の広さで設備も豪華だった。
夕食をとるため、3人はホテル内のレストランへ向かった。
スタジャンの父親、茶髪の母親、ジーンズの息子。
3人は明らかにレストランで浮いていた。

席へ通された3人にウエイターが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」、ウエイターが聞く。
「この店で一番、高い料理と酒を頼むわ」、スタジャンの父親がいう。
「あんた、何いうてんの、具体的にいわな、わからへんやろ」、茶髪の母親がいう。

茶髪の母親は、ウエイターにメニューを指差しながら、何品か注文した。
「かしこまりました」、男性ウエイターはその場を去った。
やがて、息子が見たこともない料理とワインが運ばれてきた。
息子のワイングラスにワインを注ぐと、スタジャンの父親がいう。

「よう頑張った、ほな乾杯や、大学合格ようやった」
スタジャンの父親、茶髪の母親、ジーンズの息子はグラスを合わせた。
次から次へと運ばれてくる料理は、今まで食べたことがないものばかりだった。
初めて飲むワインは飲みやすく、息子はすぐにほろ酔い気分になった。

2017年1月10日火曜日

【小説】浪花相場師伝 第ニ話 運命の子(後編)

第ニ話 運命の子(後編)

大阪のある産婦人医院で男の子が産まれてから、20年後。
ある大学の構内で、2人の男子学生が会話を交わしていた。
「今月は配当があったさかい、こんだけ増えたで」
ハンサムな学生がいい、数十枚の一万円札を裸のままメガネの男子学生に渡した。

「ワテの手数料は10%やさかい、これだけ貰うわ」
ハンサムな学生はいい、友人の手から数枚の一万円札を抜き取った。
「いや、噂には聞いとったけどスゴイな。
預かった金を必ず増やす男がおる、ホンマやったんやな」、メガネの男子学生がいう。

「まだまだ増やしたるから、安心して任せてや」、ハンサムな学生が自信満々でいう。
「いったい、どうやって増やしてるんや、教えてくれへんか」、メガネの男子学生がいう。
「それだけは教えられへん、企業秘密やさかいな」、ハンサムな学生は立ち去った。
残された医学部のメガネの男子学生は、狐につままれたような顔で立ち尽くしていた。

ハンサムな学生は正門を出ると。大学近くの喫茶店に入った。
アイスコーヒーを頼むと、関数電卓を使い手数料の計算を始めた。
ハンサムな学生は、同じ大学の学生たちの金を預かり、株で運用していた。
運用している金は、医学部を中心とした親が金持ちの学生たちから預かった金だった。

ハンサムな学生の家は、木造の古いアパートだった。
休日にいつもスタジャンを着ている父親は、建設会社の作業員だった。
茶髪の母親はスナックで働いていて、深夜に酔って帰宅することが多かった。
平日の夜は、母親の用意してくれた夕食を父親と2人で食べることが多かった。

だがハンサムな学生は、自分を不幸だと思ったことはなかった。
休みになると、両親は自分をいろいろなところへ連れて行ってくれた。
小学生の頃には、大阪府内の行楽地は全て制覇していた。
中学生の頃には、関西一円の行楽地は全て制覇していた。

ハンサムな学生には、忘れられない思い出があった。
難関だとされる大学の合格が決まった週の休日。
両親が大阪のビジネス街へ連れて行ってくれた。
その日、ハンサムな学生は梅田から淀屋橋まで、両親と散策した。

「賑やかなのは梅田や、そやけど儲けているのは淀屋橋や」、スタジャンの父親がいう。
淀屋橋に近づくにつれ、変わっていく街並みをハンサムな学生は興味深く見ていた。
「さあ、こっちやで、本日のメインイベントや」、茶髪の母親が先を急ぐ。
その日のメインイベントは、川のほとりにある石碑の見学だった。

2017年1月9日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第一話 運命の子(前編)

第一話 運命の子(前編)

年末も押し迫ったある夜、大阪のある産婦人医院で男の子が産まれた。
元気に泣く男の子を、産婦人科医は暖かい目で見た。
「元気な男の子ですわ」、産婦人科医は母親に男の子を見せた。
産婦人科医は我が子を見る母親の表情に驚きを隠せなかった。

我が子を見る母親の顔は悲しみに満ちていた。
今、初めて出会えたというのに、まるで今から別れるかのような顔。
今まで何人もの子どもを取り上げてきたが、こんな顔は見たことがない。
いったい何があったんや、男性の産婦人科医は思った。

同じ頃、大阪某所。
待望の男の子が産まれたとの連絡が入った。
「間違いないんか、確かに男の子なんやな」、電話口で当主らしき男が確認する。
「ええ間違いおまへん、ちゃんとついてましたよってに」、電話の向こうで女が笑う。

電話を終えた男は、その場にいた親戚たちにいった。
「ついに待望の男子が産まれよった。
我が一族にとっての悲願が叶った日や。
これは始まりにすぎへん、ええか、来るべき日に向けて皆でフォローしたってや」

母親と男の子が退院する日。
母親が入院している部屋に、2人の若い男女がやってきた。
「姐さん、この度はお役目ごくろうはんでした」、スタジャン姿の男がいう。
「こんなハンサムな子、見たことあらへんわ」、母親に抱かれた男の子を見て女がいう。

「さて、そろそろ行きまひょか」、母親の荷物を持ったスタジャン姿の男が部屋を出る。
産婦人医院の玄関にはタクシーが停まっていた。
スタジャン姿の男は、タクシーのトランクに母親の荷物を入れると助手席に座った。
後部座席には男の子を抱いた母親と若い茶髪の女が座る。

スタジャン姿の男が運転手に行き先を告げ、タクシーは走り出した。
「ほんまハンサムな子や、将来、女の子泣かす子やな」、若い茶髪の女がいう。
「ほ、本当に私が育てることはできないんですか」、母親がいう。
車内が静まり返った。

「姐さん、前から決まってたことや」、助手席からスタジャン姿の男がいった。
「あんた、冷たいこというたりいな、姐さんの気持ちも考えや。
姐さん、いつでもこの子に会いに来たらええ、でも決して話しかけたらあかんで」
若い茶髪の女がいい、再び車内は静まり返った。