2017年1月18日水曜日

【小説】浪花相場師伝 第十話 教わること(後編)

第十話 教わること(後編)

1時間後、淀屋と実王寺は、淀屋が住んでいるアパートの前にいた。
「ここに来んと、これからの話ができへんって。
まさか、2人で暮らすとか言い出すんやないやろな」、淀屋がいう。
「そのような趣味はない、早く案内しろ」、実王寺がいう。

古い木造アパートの階段を上がり、淀屋の自室へ向かう。
鍵を使って玄関ドアを開けると、淀屋は「たたいま」といいそうになった。
淀屋が靴を脱いで上がると、続いて実王寺も上がりこんだ。
実王寺は奥の居間へまっすぐに向かうと、タンスの引き出しを開け物色しだした。

「こら、勝手に人の家の物をさわんな」、淀屋がいう。
「あったよ、ほら」、実王寺は2冊の通帳と印鑑を、淀屋に投げてよこした。
「な、何や、これ」、受け取った淀屋が聞く。
「彼らが君に残してくれた金だ、彼らに君に渡してくれと頼まれた」、実王寺がいう。

2冊の通帳の名義は、確かに自分の名義だ。
1冊の通帳には、表にボールペンで「学費」と書いてある。
この丸みのある字は、育ててくれた母親の字。
口座残高を見ると、これから入学する大学の4年間の学費とほぼ同じ額があった。

もう1冊の通帳には、表に「お祝わい」と書いてあった。
この四角ばった字は、育ててくれた父親の字。
中の取引履歴を見ると、淀屋が産まれてから不定期に預け入れられていた。
口座残高は、優に1000万円を超えていた。

お世辞にも、裕福とはいえへん家庭やった。
だが、いろいろなところへ連れて行ってくれたし、楽しかった。
がさつなところはあった親やけど、完璧な人間などおらへん。
ホンマに最高の親やった、淀屋の胸に熱いものが込み上げてきた。

「これからの君への教育について説明する。
残念だが、気は先代の資産を使うことはできない。
現在の君の資産は、そこにある2冊の通帳だけだ。
大学卒業までに、その資産をどれだけ増やせるかが君の最初の課題だ。

この紙に君のために開設しておいた株式取引口座の情報が記載してある。
ユーザーネームにログインパスワードだ。
現在の取引口座の残高は0円、どう増やすかは自分で考えることだ」
淀屋に紙を渡すと、実王寺はアパートの部屋から退室した。