2017年1月11日水曜日

【小説】浪花相場師伝 第三話 忘れられない夜(前編)

第三話 忘れられない夜(前編)

両親に初めて連れてこられた淀屋橋。
メインイベントは、土佐堀川のほとりにある「淀屋の碑」見学だった。
「ええか、しっかりと目に焼き付けるんやで」、スタジャンの父親がいう。
「あんたのご先祖様の偉業を称えた石碑やさかいな」、茶髪の母親がいう。

「お前のご先祖様はな、大阪を天下の台所にしてくれたんや。
そりゃあ、立派なご先祖様やったんやで」、スタジャンの父親がいう。
「そやけど、五代目のときに幕府に全財産を没収されてしもたんや。
没収されてなければ、ウチらも今ごろセレブやったかもしれんな」、茶髪の母親がいう。

「あほう、わしらはセレブって器やないやろ、庶民には庶民の楽しみ方があるんや。
さあ、今日は近くに泊まって、明日はお前のご先祖様の墓参りや」
スタジャンの父親がいい、歩き出した。
その日の宿泊先は、淀屋橋にある高級シティホテルだった。

今まで家族旅行で泊まるのは、ビジネスホテルや民宿だった。
宿泊する部屋が1泊数十万円のスイートルームだと聞き、息子は驚いた。
「お、お金は大丈夫なん」、心配して聞く息子にスタジャンの父親が答える。
「今日はお前の合格祝いや、心配すんな、これくらいの金はある」

スイートルームは住んでいるアパートの数倍の広さで設備も豪華だった。
夕食をとるため、3人はホテル内のレストランへ向かった。
スタジャンの父親、茶髪の母親、ジーンズの息子。
3人は明らかにレストランで浮いていた。

席へ通された3人にウエイターが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」、ウエイターが聞く。
「この店で一番、高い料理と酒を頼むわ」、スタジャンの父親がいう。
「あんた、何いうてんの、具体的にいわな、わからへんやろ」、茶髪の母親がいう。

茶髪の母親は、ウエイターにメニューを指差しながら、何品か注文した。
「かしこまりました」、男性ウエイターはその場を去った。
やがて、息子が見たこともない料理とワインが運ばれてきた。
息子のワイングラスにワインを注ぐと、スタジャンの父親がいう。

「よう頑張った、ほな乾杯や、大学合格ようやった」
スタジャンの父親、茶髪の母親、ジーンズの息子はグラスを合わせた。
次から次へと運ばれてくる料理は、今まで食べたことがないものばかりだった。
初めて飲むワインは飲みやすく、息子はすぐにほろ酔い気分になった。