2017年3月6日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十三話 実王寺の正体(前編)

第二十三話 実王寺の正体(前編)

ひとしきり沈黙した後、実王寺は話し始めた。
「私は代々、相場師の家に生まれた。
私の家には代々、女性と籍を入れないという暗黙のルールがあった。
理由は籍を入れれば守りに入る、守りに入れば相場では勝てないからだ。

君の母親は良家のお嬢様だった。
彼女の父親は誰もが知る実業界の重鎮だった。
なぜか彼女に気に入られた私は、君の母親と付き合うことになった。
当然ながら彼女の父親は、相場師風情と付き合うとはけしからんと反対した。

やがて実家を飛び出してきた彼女との2人暮らしが始まった。
いつしか彼女は籍を入れて欲しがるようになった。
だが、それだけは相場師として、決してしてはならないことだった」
「で、どうなったんや」、淀屋が聞く。

実王寺は遠い目をすると、語りだした。
「彼女に籍を入れることは永遠にできないと伝えた。
ある日、2人で暮らしていた家に帰ると彼女の姿はなかった。
おそらく、実家に戻ったのだろうと思った。

やがて風の噂で、彼女がある依頼を受けたことを知った。
淀屋12代目当主の子どもを産むという依頼だ。
なぜ、彼女がその依頼を受けたのかはわからない。
だが知ってしまった以上、彼女のために何かできないかと考えた」

淀屋が沈黙する中、実王寺は続けた。
「私は淀屋12代目当主に、この件は私に任せてくれるよう申し入れた。
12代目当主も相場の世界では知られた存在で、私のことも知っていた。
12代目当主は、すぐに私に全てを任せることを承知してくれた。

彼女は面識のない12代目当主の子どもを産もうとした。
おそらく彼女に、そう決意させたのは私だ。
なら、私が全ての責任を取らなくてはならない。
だが相場師の私にできることは、彼女の子どもを相場師にすることだけだ。

相場師になるには、一般家庭で育てられなくてはならない。
一般家庭で育てられることにより、世の中の矛盾がわかるようになる。
世の中の矛盾がわかれば、相場師として進むべき道が見えてくる。
そう思った私は、君の育ての親に君を育てるように依頼したのだよ」